中学校という小さな世界で

その生徒は中学2年生の男の子。

中学受験に落ちてしまい、公立の学校に入った。

落ちたからといってお母様は彼のことを嫌いにはならないのだけれど、子どもは子どもなりに気にしている。

 

お母さんは君のことを嫌いになってないよ。

お母さんは君にがっかりなんてしてないよ。

側から見ればそんなのわかる。

 

けれど、どこでなにが絡まったのか。

私のところへ来た時、親子関係は最悪だった。

不登校になってしまった彼のお母様は、息子の褒め方を忘れていた。

甘えん坊を絵に描いたように可愛らしい顔をしたまだ小さなこの子を見たら、何をしたって褒めたくなるのに。

 

その最初の2時間の面談で、彼がかなりねじれた感情の中で反抗期を過ごしていることがわかった。その結果として、親子喧嘩の際に物を投げる息子の被害者という感情を持ってしまっているお母様がいた。その上学校に行かないのだから、お母様はひたすら嘆くばかりだった。

 

それから週に一度、2時間、彼をお預かりして勉強することに決まった。

彼自身は、行くかわかんないよ、だって遊ぶ日だし、などと言っていたが構わなかった。

口だけだとわかったからだ。

本当は授業に遅れていることをヤバイと思っているに違いないのだ。

 

実際、翌日、すぐ来た。

教科書やふでばこも持ってきた。

数学をやらせれば、さらさら解いた。

中学受験でしっかり小学校の勉強をやっていた証拠だと褒めた。

センスがいいと褒めた。

字がきれいだと褒めた。

彼は、俺はできないよ、と否定するけれど、それでも実際できるのだから褒めまくった。

持って当たり前の自信を持って欲しいのだ。

 

遊ぶからと来ない日も時々あったが、しっかりお母様にそれを伝えているようで、いつも私に連絡をくださった。

お母様は諦めのため息を混じえて私に謝ったが、私は笑って返すようにしていた。

中学生ですもの、遊びたいのが普通ですと。

それに私にも予告して帰りましたからと。

 

数ヶ月が過ぎたある日、お母様にお電話を差し上げた。

学校にはそろそろいけそうですか?

すると、実は学校の先生が近所まで話をしに来てくれたんです、と教えてくれた。

話をするうちに、学校へ行く気になったのだそうだ。

彼が来やすいように先生がタイミングをはかって下さったようだった。

 

あぁ、なんていうことだろう、と思った。

お母様の声がワントーン上がっているように聞こえたのだ。

嬉しいに違いない。

明確に喜ばないのが、あのお母様らしさなのだ。

 

良かったですね、嬉しいですね!

私は明確に喜ぶタイプだ。

 

それからお母様はこう言った。

いつから息子を褒めなくなったのだろうと思いました、と。

お母様もこの数ヶ月で変わられたのだ。

 

これはただの一つの例でしかないのだけれど、子どもたちは中学校という小さな世界で様々な苦労をしている。

不登校なんて有り得ない中学時代を過ごした親にはわからない経験をしているのだ。

 

まだ小さなその人生を、嬉しいできごとで埋め尽くしてあげたいと思う。